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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)797号 判決

控訴人

折戸郁男

右訴訟代理人

塚本郁雄

被控訴人

石井しま子

右訴訟代理人

川原井常雄

木村良二

石黒康仁

主文

原判決を取消す。

被控訴人は、控訴人に対し、控訴人が別紙物件目録記載の土地の賃借権を東京都大田区大森一丁目一六番八号吉川弥智子に譲渡することを承諾せよ。

訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

一  求める判決

(一)  控訴人

主文第一ないし第三項と同旨。

(二)  被控訴人

本件控訴を棄却する。

二  主張

(一)  被控訴人

「訴却下を求める理由」

原判決事実欄二の(一)に記載のとおりであるから、それを引用する。

(二)  控訴人

「請求原因」

1  訴外折戸哲也は、昭和三八年二月一二日、訴外石井惣治から、別紙物件目録記載の土地(本件土地)を(イ)建物所有目的、(ロ)賃借人が一か年分の賃料と同額の名義書換料を支払つたときは、賃貸人は賃借権の譲渡を承諾する、との約定で賃借した。

2  (かりに1の事実が認められないとしても)訴外山進商事株式会社は、昭和三六年三月五日、訴外石井惣治から本件土地を賃借し、同三八年二月一二日、訴外折戸哲也は、訴外石井惣治の承諾をえて、訴外山進商事株式会社から本件賃借権の譲渡を受けた。

3  訴外石井惣治は、昭和四四年四月二三日に死亡し、被控訴人がこれを相続し、本件土地の賃貸人たる地位を承継した。

4  控訴人は、昭和五三年一月一五日、訴外折戸哲也から、被控訴人の承諾をえて、本件賃借権の譲渡を受けた。

5  被控訴人は、右賃借権譲渡に際し、前記1と同一条件で控訴人の本件賃借権譲渡を承諾することを約した。

6  (かりに5の事実が認められないとしても)控訴人は、4の賃借権譲受により、訴外折戸哲也の賃借権譲渡に際し、承諾を受けうる権利を承継した。

7  昭和五三年二月当時の本件土地の賃料は、一か年二万〇、三〇〇円である。

8  控訴人は、被控訴人に対し、昭和五五年二月一一日到着の書面で、本件賃借権を東京都大田区大森南一丁目一六番八号吉川弥智子に譲渡するについての承諾を求め、名義書換料として二万〇、三〇〇円を送金してこれを提供したが、被控訴人は承諾および右金員の受領を拒絶したので、控訴人は、同年同月二九日、これを供託した。

9  よつて、控訴人は、被控訴人に対し、本件賃借権を右吉川弥智子に譲渡するにつき承諾をなすことを求める。

(三)  被控訴人

「請求原因に対する認否」

その1、5、6は否認するが、その2、3、4、7、8は認める。

「抗弁」

1  名義書換料が賃料一か年分と同額というのは低額に過ぎるから、本件賃借権譲渡承諾の約定は、公平および信義誠実の原則に反し、無効である。

2  賃借権譲渡の相手方である第三者は無制約なものではなく、また被控訴人は賃貸借期間満了時には自己使用の必要性に基づき更新を拒絶する予定であるから、承諾できない。

(四)  控訴人

「抗弁に対する認否」

すべて争う。

三  証拠〈省略〉

理由

一被控訴人は、本件は借地非訟事件として処理すべきであり、本件訴は不適法である、と主張する。

借地法九条の二による賃借権譲渡許可の申立は、賃貸人が賃借権譲渡承諾義務を負う場合でもなしうるのであるが、それがなしうるからといつて、賃借人が特約に基づき賃借人に賃借権譲渡承諾の意思表示を求める訴を提起することが制限され又は禁止されるものではなく、賃借人はいずれの方法をも選択できると解すべきである。

従つて、本件訴は適法である。

二〈証拠〉によると、

訴外山進商事株式会社は、昭和三六年三月五日、訴外石井惣治から本件土地を賃借したが(この事実は当事者間に争いがない)、この賃貸借契約においては、賃借人が一か年分の賃料と同額の名義書換料を支払えば、賃貸人は賃借権の譲渡を承諾する旨が約されており、昭和三八年二月、控訴人の父、訴外折戸哲也は、右約定に基づく訴外石井惣治の承諾をえて、訴外山進商事株式会社から本件賃借権を譲受け(この承諾に基づく賃借権譲受の事実は当事者間に争いがない)、その頃、訴外石井惣治とあらためて建物所有を目的とする本件土地賃貸借契約を締結したが、同契約においては、賃貸借期間は二〇年、賃料は一か年一万六、八〇〇円と定められたほか、賃借人が一か年の賃料と同額の名義書換料を支払えば、賃貸人は賃借権の譲渡を承認する旨が約されていたこと、

すなわち請求原因1が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三請求原因3、4は当事者間に争いがない。

四請求原因5を認めるに足りる証拠はない。

判旨五賃貸人の承諾により土地賃借権の譲渡がなされた場合は、賃貸人と賃借人(賃借権譲渡人)間の賃貸借契約に定められた賃貸借関係はすべて賃借権譲受人に移転するものであり、賃貸人と賃借人間の賃貸借契約に賃借権譲渡承諾の約定が含まれている場合には、もともと土地賃借権譲渡による賃借人の変更は賃貸人にとつてそれほど不利なものではなく(新しい賃借人に賃料支払能力がない場合には、賃貸人にとり賃借人変更は一見、不利なように思われるが、この場合でも賃貸人は賃料不払いを理由に契約解除をすることによつて賃借権価額相当の利益をうることになる)、とくに本件におけるように賃借権譲渡承諾に際し名義書換料が支払われる場合には、賃貸人が受けることあるべき多少の不利益について補償がなされるのであるから、この譲渡承諾に関する権利義務も賃借権譲受人に移転するものと解するのが相当である。

もつとも、右のように解するのは原則であり、賃借権譲渡およびその承諾に際し、当事者間に別段の定めがなされたり、賃貸人から正当な理由のある一部約定撤回の意思表示がなされた場合は、右と異なることもありうるが、請求原因4の本件賃借権譲渡およびその承諾に際し、そのような別段の定めなどがなされたとの主張立証はない。

そうすると、控訴人は、被控訴人の承諾をえて訴外折戸哲也から、賃貸人が賃借権譲渡承諾義務を負う本件賃借権を譲受けたことにより、賃貸人(被控訴人)に対し賃借権譲渡承諾を求める権利をも承継した(請求原因6)といわざるをえない。

六請求原因7、8は当事者間に争いがない。

七賃借権譲渡についての承諾は必ずしも対価を必要とするものではなく、また適正賃料額が維持されておれば、一か年分の賃料と同額の名義書換料は必ずしも低額に過ぎるとはいえない(本件土地の適正賃料額は不明であるから、控訴人が供託した一か年分の賃料と同額の名義書換料二万〇、三〇〇円が低額に過ぎるかどうかは正確な数値上では不明である。もつとも本件上地の所在地、面積、現在の地価状態などからすると、右金額は一か年の賃料としてはやや低額に失する感じがしないでもないが、賃料の増額は賃貸人の意思表示によりなされるのが原則であるから、賃料の低廉、即名義書換の低廉を賃借人の不利な方向で考えるのは妥当でない)。

従つて、抗弁1は失当であり、採用できない。

また、本件賃借権譲渡承諾に譲受人を制限する特約が付せられていたことを認めるに足りる証拠はなく(かえつて、前掲甲第一号証、乙第一号証によると、右譲渡承諾には右のような制限は付せられていないことがうかがえる)、更新拒絶の予定も承諾を妨げる事由には当らない。

従つて、抗弁2も失当であり、採用できない。

八そうすると、控訴人の本訴請求は理由があることになるから、これを棄却した原判決を取消し、請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条前後、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(岡垣學 手代木進 上杉晴一郎)

物件目録〈省略〉

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